特集
本体価格と普及台数安い機体が勝つという図式は、どこまで成り立つか
本体を安く売り、ソフトのロイヤリティで回収する。家庭用ゲーム機の基本モデルはこう説明されることが多い。ただし実際の数字を並べると、価格と普及の関係はそれほど素直ではない。
価格帯という前提
1981年から2000年までの16機種を発売時価格で並べると、4,800円(ワンダースワン)から58,000円(ネオジオ)まで12倍の開きがある。
ただし携帯機と据置機を同じ軸で比べる意味は薄い。据置機に絞ると、12,500円(ゲームボーイを除く最安はカセットビジョンの13,500円)から58,000円までとなり、大半は20,000円台から40,000円台に収まる。
この帯域は、当時の家庭における「子どもへのやや大きな買い物」の上限と重なる。任天堂がファミコンを14,800円、NINTENDO64を25,000円に置いたのは、性能から逆算した価格ではなく、価格から逆算した性能だったと見るほうが実態に近い。
価格が効いた例
ゲームボーイは12,500円。1990年のゲームギア(19,800円)、1989年のリンクス(北米199ドル)と比べて明確に安い。加えて電池の持ちが7〜10倍。全世界1億1,869万台という結果に、価格と駆動時間が寄与したことは疑いにくい。
ワンダースワンの4,800円も同様で、ゲームボーイカラー(8,900円)の約半額という値付けは発売直後の注目を集めた。ただしこちらは、カラー液晶を持たないという商品訴求上の弱点が価格優位を打ち消していく。
PlayStation 2の39,800円は、DVDプレーヤーの単体価格と同水準だったことが普及初期を押し上げた。ここでは「ゲーム機として安い」ではなく「DVDプレーヤーとして考えると得」という比較軸が働いている。
価格が効かなかった例
セガサターンは1995年7月に20,000円へ価格改定した。同月PlayStationも29,800円から19,800円へ引き下げている。両者はその後も追随を繰り返し、1996年3月には揃って19,800円になった。
この時点で価格差はほぼ消えているが、国内シェアの逆転は1996年後半に起きる。決め手になったのは価格ではなくソフトラインナップだった、という整理が一般的である。
3DO REALは54,800円で発売され、1994年12月にFZ-10で44,800円、その後さらに引き下げられたが普及には至らなかった。ハードをライセンス製造する方式のため、本体を原価割れで売ってソフトで回収するという構造そのものを取れなかったことが大きい。
ネオジオは58,000円という価格を維持したまま、一定の支持を得続けた。ここでは「安さ」ではなく「他では手に入らないもの(アーケードと同一の体験)」が購買理由になっている。価格競争の外側に立つことで成立した例といえる。
図1 発売時本体価格。当資料室で作成。
図2 全世界出荷台数。当資料室で作成。
数字の扱いについて
下の図は本体価格と全世界出荷台数を並べたものだが、出荷台数は各社の開示姿勢に大きな差がある。
任天堂とソニーは決算資料で機種別の累計台数を継続的に開示しており、数字の信頼性が高い。セガも主要機種について公表値がある。一方、SNK、エポック社、バンダイ、The 3DO Companyについては機種別の公表値が存在せず、流通統計や業界誌の推計を引用するほかない。
本資料室では、公表値のある機種のみをグラフに含め、推計値しかない機種は「非公表」として除外している。異なる出所の数字を同じ軸に並べると、比較そのものが意味を失うためである。
関連する機種ページ
図版について
本ページのグラフはすべて当資料室で作成したものです。元になった数値の出典は各機種のページに記載しています。
最終更新:2026-08-16