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ROMカートリッジとCD-ROM容量・速度・単価の三すくみ
1988年のCD-ROM²から2000年のDVD-ROMまで、家庭用ゲーム機の媒体選択は「容量」と「読み出し速度」と「製造単価」のうち2つしか同時に取れないという制約の下にあった。
撮影:SACHEN / 出典:Wikimedia Commons / CC BY 3.0
ROMカートリッジの性質
ROMカートリッジには決定的な利点がひとつある。ランダムアクセスが速い。正確には、アクセス時間が事実上ゼロである。CPUがROMのアドレスを指定すれば、その内容が直接読める。ロード画面という概念が要らない。
欠点は容量単価である。1990年代前半のマスクROMは、容量が増えるとほぼ比例してコストが上がった。スーパーファミコンの後期タイトルが48Mbit(6MB)、NINTENDO64の最大が512Mbit(64MB)。ここが実用上の天井だった。
さらに、生産リードタイムが長い。マスクROMは受注から納品まで数週間から数か月かかり、追加生産の判断を早い段階で下さなければならない。売れ行きを見てから増産するという運用ができず、在庫リスクをソフトメーカーが負う構造になっていた。
1988年 ― CD-ROM²
1988年12月、PCエンジンの周辺機器としてCD-ROM²が発売された。家庭用ゲーム機がCD-ROMをソフト媒体に採用した最初の例である。
容量は約540MB。当時のHuCARD(最大2.5MB程度)の200倍以上にあたる。この容量で何をするかという問いに対する初期の回答は、音声だった。CD-DAトラックにそのまま楽曲を置けば、圧縮も展開処理も不要で高音質の音楽が鳴る。声優の演技を収録したビジュアルシーンも一般化した。
同時に、CD-ROMの弱点も最初から表面化していた。2倍速ドライブのシーク時間は数百ミリ秒。ゲーム中に頻繁にデータを読む設計にすると待ち時間が積み上がる。バッファRAMをどれだけ積めるかが、そのままソフトの快適さを決めた。CD-ROM²のバッファは64KB、1991年のSUPER CD-ROM²で256KB、1994年のアーケードカードで2MBへと段階的に拡張されている。
1994年 ― CDが標準になった年
3DO REAL、セガサターン、PlayStation。1994年に登場した3機種はいずれもCD-ROMを標準媒体とした。
ソフトメーカーにとっての意味は大きい。CD-ROMのプレス単価はROMカートリッジの数十分の一で、リードタイムも数日から2週間程度。売れ行きを見てから追加生産できる。在庫リスクの構造が変わったことで、中小規模の開発会社の参入障壁が下がった。
一方で、ロード時間という体験上の代償が発生した。PlayStationの初期タイトルには、戦闘の開始と終了のたびに数秒待たされるものが少なくない。この待ち時間をどう隠すかが、この世代の設計課題のひとつになった。ロード中に操作可能な演出を挟む、データをメインRAMに先読みする、といった手法が各社で発達している。
1996年 ― ROMに留まった機体
NINTENDO64はROMカートリッジを継続した。最大512Mbit(64MB)で、CD-ROMの約10分の1である。
この判断には利点があった。ロードがない。電源を入れてから数秒でゲームが始まり、エリア間の移動で待たされない。『スーパーマリオ64』『ゼルダの伝説 時のオカリナ』の、切れ目なく連続する体験はこの媒体特性に支えられている。
代償は容量とソフト定価である。N64のソフトは同時期のCD媒体タイトルより2,000〜3,000円ほど高い水準にあり、また録音済み音声やムービーを大量に載せる手法が取れない。『ファイナルファンタジーVII』がPlayStationへ移ったことは、この制約と無関係ではないと分析されることが多い。
1999年には磁気ディスクドライブ「64DD」を投入し、書き換え可能な大容量媒体で補う構想も示されたが、日本国内のランドネット会員向けに限定され、市場には広がらなかった。
図 ソフト媒体の容量比較。当資料室で作成。
1998年・2000年 ― 独自規格とDVD
ドリームキャストはGD-ROMを採用した。CD-ROMと同じ物理サイズで記録密度を高め、約1.2GBを収める独自規格である。DVD-ROMを選ばなかった理由は単価で、1998年当時のDVDドライブは本体価格29,800円に収まらなかった。
PlayStation 2は2000年3月にDVD-ROM(約4.7GB)を採用する。GD-ROMの約4倍。加えてDVDビデオの再生機能を持つ。この時点で単体のDVDプレーヤーが39,800円前後だったため、同じ価格でゲーム機が付いてくるという構図が生まれた。
ここで媒体の選択は一段落する。以降の家庭用機はDVD、Blu-ray、そしてダウンロード配信へと進み、「容量を取るか速度を取るか」という1990年代の二者択一は、ストレージの大容量化と内蔵HDDによって解消されていった。
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画像出典
- 「PCエンジンのHuCARD」 撮影:SACHEN / 出典:Wikimedia Commons / ライセンス:CC BY 3.0
本文中のグラフは当資料室で作成したものです。
最終更新:2026-07-26